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2008年07月29日

「チベット自由人権日本100人委員会」発足記念シンポジウム

明日、7月30日、東京永田町の憲政会館で午後6時半から「チベット自由人権日本100人委員会」発足記念シンポジウムが開催される。ダライ・ラマ法王の実兄、ギャロ・トゥンドゥップ閣下の歴史的な基調講演「チベットの現在・過去・未来」も行われる。一人でも多くの方に参加して頂きたい。
また、以下の要領でパネルディスカッションもあり、私も参加するので、ぜひ、足をお運び頂きたい。

現在、北京五輪を控え、支那ではチベットを始めとする少数民族への弾圧がますます熾烈を極めている。ほとんど日本では報道されていないが、聖火リレーがチベットを通過した時期、6月20日に毛派に支配されたネパール政府がチベット難民センターのケルサン・チャン所長を逮捕するという暴挙を行った。
またネパールのチベット女性協会のNgwang Sangmo理事長と副議長のタシィ・ドルマ女史と、女性2名も逮捕された。
北京五輪が近づくにつれ、支那はいよいよ、北京傀儡政権となったネパール政府を利用して、挟撃する作戦でチベットへの弾圧を強めている。

080708LATimes.jpgさらに7月になると、北京で「チベット展」が開催されたが、これは支那共産党がチベットを解放したという典型的なプロパガンダ展覧会。この様子をLAタイムズが7月8日の紙面で伝えている。普通、「●●展」と言えば、日本では文化展となるが、支那ではあり得ないことだと石平氏に教えてもらったことがある。

昨年、上野で鎌倉五山、京都五山の展覧会が開かれた時、「禅の文化」というコピーがつけられていた。その展覧会に石氏を誘ったら、「支那では禅の文化なんて言葉は絶対に生まれない」と教えてくれた。

この北京の「チベット展」も拷問器具が展示され、こんなものに苦しんでいたチベット民衆を中共が救ったという政治宣伝が行われているだけだ。

「チベット自由人権日本100人委員会」発足記念シンポジウム

開催日時:2008年7月30日(水)午後6時    開場
                午後6時30分 開演

開催場所:憲政記念館 〒100-0014 東京都千代田区永田町1-1-1
            TEL 03-3581-1651 FAX 03-3581-7962

式次第 :午後6時30分〜 開会宣言 小林秀英(副代表幹事)
来賓挨拶
主催者挨拶
    :午後7時〜   基調講演 チベットの現在・過去・未来
                  ギャロ・トゥンドゥップ閣下
                  (ダライ・ラマ法王の実兄)
    :午後7時40分〜 パネルディスカッション
                    櫻井よしこ
                    酒井信彦
                    加瀬英明
                    西村幸祐
                    
    :午後8時30分  閉会の辞と謝辞 ペマ・ギャルポ

参加費用:1,000円 ※当日会場で現金にて承ります

※ブログ最下部に「France24」の英語放送の画面が設置してあり、いきなり英語のアナウンスが流れます。うるさい方は音量を調節して下さい。IEの場合は音量コントローラーがないので画面を右クリックして下さい。

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ダライ・ラマ法王の兄、ギャロ・トゥンドゥップが来日!!

7月28日、ダライ・ラマ法王の実兄であるギャロ・トゥンドゥップ閣下が来日した。ギャロ・トゥンドゥップは、法王の長兄、タクツェル・リンポチェと共に長い間ダライ・マラ14世を陰で支えてきた。特に、法王がまだ若かった亡命前の50年代には、節目節目の重要な時に、適切なアドバイスを行った。
法王のインドへの亡命の決断を促したのは、側近たちの進言や59年当時、すでにカルカッタにいたタクツェル・リンポチェからの長文の手紙だったと言われている。
法王はかつてこう述懐した。

▼スコーセッジの名画「クンドゥン」予告編


「われわれの不幸な立場が認識されるにつれ、幾人かが、とくに長兄のタクツェル・リンポチェが、カルカッタから長文の手紙を寄越し、一刻も早くインドへ脱出するよう要請してきた。彼らはチベットに残された唯一の道は、同盟者を見つけ支那と戦うことでしかないと主張した」
そして、弱冠24歳だったダライ・ラマ法王は、多くのチベット国民をチベットに 残したままインドへ亡命することと一刻も早いチベットの民族自決とのジレンマに苦しんだ。

▼「クンドゥン」より。毛沢東との会見で「宗教は毒なんだから」と言われる。そして、虐殺の悪夢


「わたしは完全にジレンマに陥っていた。もし兄の手紙に従えば、外国の支援が得られる可能性が見えていた。だが、チベット国民はこれをどう受け取るだろうか? 支那代表団と会いもせず、その前に亡命すべきだろうか? もし亡命したら、新しい同盟者たちはどこまでもわれわれを支持し続けてくれるだろうか?
わたしはこれらのことを考えに考え、どうしても二つの問題にぶち当たってしまうのであった」

「クンドゥン」より。インド亡命を果たしたエンディング。フィリップ・グラスの美しい音楽とスコーセッジの映像が美事なコラボを。▼


結局、亡命後も法王やチベット国民は長い苦しみから解放されることはなかった。だが、毛沢東死後、事態が明るい兆しを見せたこともあった。ケ小平が支那共産党で権力掌握を果たし、文化大革命のツケを必死に取り返そうとして、改革開放の大博打を打ったときだ。
1979年、支那で幽閉されていたパンチェン・ラマ13世が釈放され、ダライ・ラマやチベット亡命政府の要人の帰国を呼びかける声明を発表した。そのとき、今回来日したギャロ・トゥンドゥップが重要な役割を果たした。当時をダライ・ラマ法王はこう振り返る。

「この一週間後、わたしが宗教会議に出席していたカンプールに、突然兄のギャロ・トゥンドゥップが訪ねてきた。驚いたことに、彼は、香港(※当時、トゥンドゥップは香港在住)の信用できる古い友人から、新華社が兄と連絡を取りたがっていると言われた。そして、ケ小平の特使と会い、支那指導者がダライ・ラマとの話し合いを開始したがっている。その善意の印としてケ小平はギャロ・トゥンドゥップを北京に招待し、会談をしたいと言っている、と。しかし、兄はわたしの意見を先に聞きたいからとその申し出を断った、と言うのである」

ギャロ・トゥンドゥップはその後、北京を訪れケ小平と会見した。その結果、基本的に現在の路線である「チベットの高度な自治を北京に求める」というチベット亡命政府の枠組みが出来上がったと言っていいだろう。
しかし、問題はいつも約束や信義を踏みにじる支那共産党の悪魔の所業だった。ケ小平のチベットへの融和策発表も、西側諸国の支援や援助を取り付けるためにポーズに過ぎなかった。もちろん、この局面でも日本は圧倒的に支那を援助し、ケ小平の <改革開放> を巨額のODAで支えていった。

そして、度重なる支那の圧制、弾圧、虐殺、人権蹂躙に我慢できなくなったチベット人たちが88年から蜂起し、翌年「チベット自治区」共産党書記長に就任した胡錦濤による、激しい弾圧に踏み潰されて行ったのだ。異論もあるだろうが、日本が間接的にチベット弾圧を支援したとも言える。

そんなチベットの長い苦難の歴史をダライ・ラマ法王と共に見つめてきたギャロ・トゥンドゥップ閣下が、7月30日に永田町の憲政会館で講演を行う。この日は、「チベット自由人権日本100人委員会」の設立記念シンポジウムが、午後6時半から行われるからだ。
歴史的なギャロ・トゥンドゥップ閣下の講演。多くの人に詰めかけてもらいたい。入場料は1000円だ。
チベット100人委員会は、米国、英国での活動が有名だ。リチャード・ギアも「チベット米国100人委員会」のメンバーである。

いよいよ、支那のチベット侵略が始まった。アメリカの大統領に手紙を書く決心をしたダライ・ラマ14世。この直前のシーンで、インドは? イギリスは? 手を差し伸べてくれないのか、とダライ・ラマが側近に訊ねるシーンがあるが、大東亜戦争の日本の敗北がなかったのなら、チベットの悲劇は起きなかったことを再確認させられる。▼


※シンポジウムの詳細は次のエントリーで
※「FRANCE24」英語放送の画面を一時的にはずすことを考えています。評判が良くないので。
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2008年07月17日

「表現者」刊行3周年記念シンポジウムのお知らせ

明日、7月18日午後6時半より日比谷高校の隣にある星陵会館で、文芸オピニオン誌「表現者」のシンポジウムが行われる

表3.jpgまず、京都大学教授の佐伯啓思「表現者」顧問と関東学院大学教授で文芸評論家の、富岡幸一郎編集長の講演が行われる。その後、午後7時45分からは、榊原英資早大教授、西田昌司参議院議員、佐伯啓思、西部邁両顧問をお招きし、富岡幸一郎氏の司会で、パネルディスカッションが行われる。

シンポジウムのテーマは、「国民社会をいかに束ねるのか」である。洞爺湖サミットでの日本の大失敗と国際社会での日本の位置、福田内閣の現状。
さらに、資源ナショナリズムと国家ファンドの闘争の中で、新たな国家主義が到来しているにもかかわらず、ノー天気な日本の現状分析。
また、政治的ポピュリズム、平成改革(小泉改革)という理念なきスローガンに対して、日本の国柄、歴史、伝統、文化をいかに創造的に「保守」すべきなのか? 国民社会を束ねるためのビジョンと政策はどうあるべきか?
さらに、世界激変の2008年の後半、日本の政治は漂流状態をいかに脱却しえるのか、その状況論にも話は及ぶ予定だ。
私も編集委員の一人として会場にいるので飛び入り発言もあるかも知れない。読者の方は、是非、ご参加下さい。

なお、「表現者」は6月16日に発売された7月号(NO.19)より版元がジョルダン株式会社に代わり、それを記念してのシンポジウム開催となった。午後5時過ぎから記者会見も行われ、私も参加する。
ジョルダンは有名なIT関連企業であるが、携帯コンテンツは軽いものという常識に挑む果敢な挑戦に乗り出した。「表現者」のコンテンツも携帯やネットで配信するという試みだ。重コンテンツが携帯コンテンツになり得るか、という新しいテーマも見えてきた。

hyougensya_2008_7.jpgしかし、最も重要なことは、新聞、テレビを始めとする既存メディアの自壊が見えてきた現在、出版業界がすでに2世紀前のプラットホームで成り立つことはないという新時代への視点である。「表現者」が既存の出版業界でなく、全く新しい携帯コンテンツ配信企業を版元とするということ自体が、従来のプラットホームで営まれる出版業界の限界を証明しているのである。

なお、ジョルダンのサイトで現在「表現者」のコンテンツは配信されており、7月号掲載の拙稿「チベットと北京五輪」はここで読める

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「死に紙」朝日と「変態」毎日。自壊する旧メディア。

読者の方からこの3週間、非常に多くのメールを頂いている。色々な情報提供、本当にありがとうございます。

お返事には時間がかかるのでこの場を借りてお礼を申し上げたい。寄せられたメールには、英字版の毎日新聞、「Mainichi Daily News」がネットで日本人を誹謗中傷する記事を過去9年間世界中に配信してきたことに対する怒りも多い。
デイリー毎日の変態記事垂れ流しに関しては、下の動画が分かりやすい。非常に巧くまとめられている。私のブログの読者の方は、普段ネットに接しない知人やご家族など、一人でも多くの方にこの画面を見せて知らせて欲しい。
これは恐らく、毎日新聞の変態記事問題のまとめサイトを作った人たちに近い人が制作した動画だ。

現在、動画制作者は、毎日新聞の第三者委員会の調査結果が公表されるまで、この動画を動画サイトから削除すると利用者に理解を求めている
しかし、ほとんどの人は一般メディアのこの程度の内容しか知らないので、あえてここで公開することにした。

既存メディアの方々は「英文毎日変態記事問題」の重要さをあまり理解していらっしゃらない。すでに毎日新聞のサイトから広告が無くってしまったことにお気づきにならないのだろうか? 7月2日には多くの市民が毎日新聞本社で抗議活動を行い、その後、「2ちゃんねる」を中心とするネットから女性のスポンサー抗議運動が起き、その結果、毎日新聞のサイトから広告が消えてしまった。

▼youtubeで短期間に10万以上のアクセスを集めた、「こちら毎日新聞です」のミラー



毎日デイリーニュースで特に問題なのは、配信記事に埋め込まれたtagである。tagはサイトを構築するhtml言語に埋め込まれるキーワードで目に見えない。しかし、ネット検索のときに検索エンジンはtagを拾うことになる。毎日デイリーニュースのサイトには変態記事だけでなく、全てのページにtagとしてポルノサイトのタグとしてよく使われる言葉、「hentai」「japanese girl」「geisya」という文字が埋め込まれていた。
つまり、外国人が「hentai」で検索すると、多くのエロサイトと一緒に、これらの皇室関係の記事も検索される仕組みになっていた。

▼「hentai」で検索された、昨年12月23日天皇陛下のお誕生日の記者会見の記事(クリックで拡大)
mainichi_Screenshot-1.png

▼「hentai」で検索された皇太子殿下がブラジルへ向かわれた記事(クリックで拡大)
mainichi_Screenshot-2.png

毎日新聞は佐賀支局の在日記者、朴鐘珠の暴力的な反皇室取材活動が、佐賀県知事のウエッブサイトで記者会見を中継しことで明るみに出た。このような前科は氷山の一角であったことが今回の「毎日新聞変態記事事件」で証明された。
問題はポルノサイトに使用するタグを職員が工作として行ったのか、あるいは、編集局長も知った上で組織的に行ったかということである。

「死に紙」朝日と「変態」毎日。どちらも百人斬り訴訟の被告だった。日本を冒涜し、日本人のイメージを損なうことに60年間も血眼になっていそしんできた実態の一部が、また明らかにされたわけだ。
昨年、アメリカを発火点として世界中を駆け回った慰安婦問題対日非難決議も、この事件に大いに関係している可能性がある。
アサヒは、表から堂々と広義と狭義に分類する猿知恵で、日本軍の慰安婦強制連行をでっち上げ、毎日は裏から日本人の野蛮で性狂いのイメージを世界中に拡散し、表裏一体となって日本人全体の(過去の日本人も含めて)イメージを毀損することに全力を挙げていた。

百人斬り裁判が日本軍の向井、野田両将校の名誉回復の訴訟だったことを思えば、アサヒと毎日が法廷に立たされたのは歴史的必然だった。もっとも、逃げ回っている本多勝一は法廷に立たなかったが・・・

7月5日放送のスカパー!ch241「チャンネル桜」のニュース解説で、私は毎日新聞変態記事事件を取り上げた。誰かがyoutubeにアップした動画はあっという間にアクセスが5000を越えた時点で不当な削除をされてしまった
幸い、現時点でニコニコ動画で見られるが、近い内にここでもご紹介する。チャンネル桜の番組はインターネットSO-TVでも視聴可能だ

※ブログ最下部に「France24」の英語放送の画面が設置してあり、いきなり英語のアナウンスが流れます。うるさい方は音量を調節して下さい。IEの場合は音量コントローラーがないので画面を右クリックして下さい。
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