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2008年09月03日

福田政権の背信。北朝鮮制裁を事実上解除。

福田政権が、事実上北朝鮮への経済制裁を解除していたことが3日までに分かった。この事実はまだ報じられていない。8月27日の拉致議連と家族会の代表連絡会議の後、関連取材を続けた結果、今年5月に朝鮮総連幹部で北朝鮮の最高人民会議代議員の一人が平壌を訪れていたことが拉致問題関係筋の複数の情報で明らかになった。

080523kim-jonill_Figaro.jpg今年5月に北朝鮮を訪問していたのは朝鮮総連幹部のB氏。北朝鮮への現在の制裁措置は、北朝鮮の全船舶の入港禁止、北朝鮮の対日輸出全面禁止、北朝鮮国民の日本入国原則禁止を主たる内容としている。

中でも平成18年(2006)10月11日の官房長官発表で、「北朝鮮籍を有する者の入国は、特別の事情がない限り認めない。但し、在日の北朝鮮当局の職員以外の者の再入国は、この限りではない」と同年7月5日の制裁発表のディテールが再度明確にされている。

今年4月28日には朝鮮総連幹部3名が北京五輪の聖火リレーのランナーを務めるため平壌入りしたが、最高人民会議代議員でも北朝鮮の公務員でもない。しかし、5月に北朝鮮へ入国したとされるB氏は「在日の北朝鮮当局の職員以外の者」に該当せず再入国は許されない。

にもかかわらず、このような事態になっていたということは、外務省高官レベルでも関知できない、政府のトップレベルの判断で制裁措置が事実上解除されていたことを意味する。
今年の5月から北朝鮮側が万景峰号の入港手続きに入るなど、制裁解除を睨んだ動きを見せていたことにも呼応する動きだ。

高村外務大臣は、8月26日の閣議後の記者会見で、北朝鮮側から拉致問題を再調査するための「調査委員会」を設置したという連絡があれば、北朝鮮に対する制裁措置を一部解除するという政府の方針に変わりはないという認識を示している。この政府方針を真っ向から批判したのが、8月27日の拉致議連関係団体幹部連絡会だった。
解除は調査結果見極めて

日本と北朝鮮の実務者協議で合意された拉致問題の再調査について、拉致被害者の家族が超党派の議員連盟とともに会合を開き、「調査を開始した」という北朝鮮からの通報だけで制裁を解除するのではなく、調査結果をしっかり見極めるべきだとする考えで一致しました。
(NHK 8月28日 0時52分)
これに対し、制裁緩和の方針は不変だと高村外相は8月29日に再度述べている
対北制裁緩和、方針は不変=高村外相

 高村正彦外相は29日午前の閣議後の記者会見で、北朝鮮の核施設無能力化中断に関し「(日朝関係に)悪い影響を及ぼさないよう努力していく」と述べた。その上で、拉致被害者の調査委員会が設置され、再調査開始が確認されれば「われわれも約束したことをやる」と述べ、経済制裁を一部解除する方針に変わりないことを明らかにした。
(時事 2008/08/29-11:47)
これに先立つ1週間前には、北朝鮮入りした山崎拓氏が制裁解除を前提にした協議を北朝鮮当局と行っているとの情報がある。山崎氏の動きは福田政権の国民を欺いた北朝鮮融和策の別動隊に過ぎないのではないか。
いずれにしても、平成18年7月5日に安倍政権下で執られた北朝鮮への制裁措置が国民どころか外務省高官もあずかり知らないレベルで、極秘裏に一部が解除されていたのは重大な問題である。

なお、北朝鮮最高人民会議代議員は日本では国会議員に当たり、6名の在日朝鮮人が選出されている。金正日独裁体制を支える北朝鮮の国家権力の最高会議を構成する人物が、在日朝鮮人として日本で生活をしているのだ。
この事実を知って驚く人がまだまだ多いのは、拉致問題が周知された平成14年(2002年)以降でも、いかにメディアの情報回路が偏っているかということだ。

9月1日の福田首相の辞任発表は非常に残念だった。なぜなら、この問題で徹底的に福田政権を追い詰めることが不可能になったからだ。しかし、それは福田首相の責任が問われないということでは決してない。毒餃子問題や東シナ海ガス田問題など、支那との怪しい密約説も含めて、徹底的に追及されるべきだ。
また、ポスト福田がどのような政権になろうとも、時代の流れに抗して歴史の針を10年以上巻き戻した福田政権の擬似政権になるなら、自民だろうか民主だろうが、国民は大きな声で「NO!」という意思を叩きつけなければならない。

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2008年09月02日

さようなら福田康夫首相。さようなら中華人民共和国

福田首相の9月1日の突然の辞任発表。特別驚きはしなかったが、福田首相が日本のためになることを初めて行ったと言ったら、ご当人はお怒りになるだろうか? しかし、実際、就任以来初めて国益に叶った、日本のためになることを行ったと評価したい。
そもそも、誰が福田氏を首相にしたのか、という問題が追及されるべきである。

▼福田首相辞任の報を聞いて、まずこれを思い浮かべた。


もっとも、福田辞任問題の本質は、こんな戯画的なもので済まされない。福田氏は大きな禍根と傷を残して政権の座から滑り落ちた。簡単に言えば、小泉時代の2002年頃から安倍前首相の時代までに緩やかに漸進してきた、日本の真の独立への道が閉ざされ、時計の針を10年間巻き戻したのが福田政権だったからだ。

時代を切り開くそのような趨勢と新しいベクトルと完全に対立し、時代のパラダイムシフトから振り落とされた現在の政治状況を生んだのが、福田政権と昨年夏の参院選後の民主党の参議院支配体制だった。

構造改革路線の是非を問うようなレベルとは全く異なった次元で、戦後体制からじょじょに脱却しようとしていた日本の動きに大きく立ちはだかったのが、福田自公政権と民主党で構成される、現時点の政治状況だった。福田と小沢は、同じ穴の狢(むじな)なのである。

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Jumping Jack KEI  錦織圭の全米オープンの偉業

080831nishikori@USAopen.jpg8月30日、試合は大詰めの第5セット12ゲームを迎えていた。ジュースの後、3度目のマッチポイントを掴み返した錦織は、懐深く攻めてきたフェレールに勇気もって反撃した。目の醒めるようなリターンが鋭い軌跡を描き、フェレールはラケットを振ることなくポイントを失う。錦織の美しいパッシングショットだった。

しかし、そこで追い詰められたフェレールも、錦織の右深い所に強烈なクロスを2回連続入れて錦織を翻弄しようと逆襲する。だが、第4セット後に脚のマッサージを受けた錦織は機敏な動きで対応できた。米国の中継はESPN(米国のスポーツ専門局)なのか不明だが、解説者が「信じられない!」と叫んだ深いロブを錦織が返した時、彼の勝利は不動のものになった。
フェレールのリターンを待ち構えた錦織は「手が震えた」とその瞬間を語っていたが、「Air Kei」と呼ばれるジャンプして繰り出す得意の強烈なフォアハンドのストレートで3時間半の熱戦をものにした。

錦織の最後のストレートが炸裂したとき、世界ランキング4位のフェレールはただボールの軌跡を見送るだけだった。6−4、6−4、3−6、2−6、7−5という3時間32分のフルセットの激闘で、錦織がいよいよ世界の舞台に立った瞬間だった。フェレールは悔しさのあまり、ラケットをコートに叩きつけた。

▼ニューヨークの観客も錦織を応援した。


錦織の快挙にスタジアムは興奮に包まれた。それは応援に駆けつけていた在紐育日本人だけはない。スタジアムの観客はニューヨークポストが驚きをもって報じるまでもなく、18歳の錦織がハードコートで世界4位以内を破ったことが、1973年に全米オープンで世界3位のアーサー・アッシュを17歳で撃破したボルグの以来の偉業であることを分かっていたからだ。ニューヨークポストは以下のようにAPの専門記者が素晴らしいレポートを掲載した。
Nishikori upsets Ferrer to reach Open's 4th round

By HOWARD FENDRICH,
AP Tennis Writer

NEW YORK (AP) As Kei Nishikori contemplated becoming the first Japanese man to reach the U.S. Open's fourth round in the 40-year Open era, he kept repeating two phrases: "I was tired" and "I'm very happy."

Overcoming cramps that left his ankles, legs and back aching, the 126th-ranked Nishikori upset No. 4-seeded David Ferrer of Spain 6-4, 6-4, 3-6, 2-6, 7-5 Saturday night.

Only one other man from Japan reached the fourth round at any Grand Slam tournament in the Open era: Shuzo Matsuoka was a Wimbledon quarterfinalist in 1995.

"I'm very proud," Nishikori said.

The 18-year-old Nishikori is the youngest man to get this far at the U.S. Open since Marat Safin in 1998 - and the youngest man to beat one of the top-four seeded men in the hard-court major championship since a 17-year-old Bjorn Borg upset No. 3 Arthur Ashe in 1973.

Pretty heady company.

"I still can't believe it. I was playing great and he was playing great, too," Nishikori said during an on-court TV interview. "Biggest win for me."

That's for sure: Nishikori only had one other career victory over a top-20 player. That, though, came in the final of a hard-court tournament at Delray Beach, Fla., in February, when he beat James Blake.

There were significant milestones that day, too. Nishikori was the first Japanese man to win an ATP title since Matsuoka in 1992, and he was the youngest player from anywhere to win an ATP title since Lleyton Hewitt was 16 in 1998.

On Saturday, there was the matter of outlasting Ferrer, the man who eliminated Rafael Nadal at last year's U.S. Open en route to the semifinals.

Nishikori could have ended things earlier, but he wasted a two-set lead, then needed three match points to wrap up the victory. His first chance to end it came while serving for the match at 5-3 in the fifth set, but Ferrer came up with a backhand passing winner that caught the sideline. Ferrer eventually broke there.

Nishikori broke Ferrer in the final game, hitting a forehand winner down the line on the last point, before dropping his racket and flopping on his back.
Nishikori is playing in only his second career major tournament and knocked off No. 29 Juan Monaco in the first round.

"It's not a surprise," Ferrer said. "For sure, he will be a very good player, no?"
「苦しいそぶりも見せず、動きは絹のように軽やかだった」とスポーツ面のトップでNYタイムズも伝えているが、「絹のような滑らかな」という形容句は欧米の日本を褒める時の常套句である。95年、日本代表の欧州遠征で初めてウェンブレーサッカー場でイギリス代表と試合を行った時、英国メディアは山口素弘を「絹のような滑らかなパスを繰り出すボランチ」と形容していた。

9月1日(日本時間9月2日)、ベスト8を掛けてアルゼンチンの新鋭、デルポトロと闘った錦織はミスが目立ち得意のフォアハンドが決まらず、サービスゲームが取れず自滅した。完敗だった。しかし、ベスト16の成績は誇るべきものだ。1937年、南京陥落の年の全米オープンで中野文照、山岸二郎の両名が進出して以来71年ぶりの出来事だった。

それにしても、山岸ら戦前のテニスプレーヤーに大きな影響を与えた清水善造が1921年(大正10)にウインブルドンベスト4、1922年(大正11)に全米ベスト4に輝いたのは偉大だった。世界ランキング4位にまで登りつめた清水善造については、上前淳一郎氏の『やわらかなボール』というノンフィクションの名作がある。

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2008年09月01日

果たしえた約束。慰安婦決議意見広告批判への批判。

hyougensya09.jpgご報告が遅くなったが、8月16日に「表現者」9月号が発売された。連載中の「幻の黄金時代――オンリー・イエスタデイ'80」では、村上春樹と松本隆の奇妙な類似点に言及した。85年に松本隆は『微熱少年』という小説を発表し、半年後に松田聖子に書いた「瑠璃色の地球」が20年後にYOUTUBEで「YASUKUNI」という名作ビデオクリップのBGMに使われ、不思議な生命力を持っていることにも触れた。

しかし、今回はぜひ、「反日プロパガンダと日本の情報発信力」という拙論にご注目いただきたい。昨年6月に歴史事実委員会がワシントンポストへ出稿した意見広告をめぐる様々な批判があったが、昨年暮れまでにほぼ全ての批判が出尽くしたので、その流れをまとめて紹介し、特に「保守派」と呼ばれる人々からの批判に反論を試みた。と同時に、日本の今後の情報発信力に何が必要か言及した。

あの見広告に様々な批判もあったが、カルト相手に反論しても無意味なので、一応まともだと思われるものに取り上げた。中でも小泉政権下で首相補佐官を務めた岡本行夫氏、それに同志社大学教授の村田晃嗣氏への反論に紙数を割いた。また、現防衛大学校長の元神戸大学教授の五百旗頭(いおきべ)真氏を批判した。
五百旗頭防大校長への批判は、昨年の12月にチャンネル桜のニュース解説ではっきり「反論を書く」と言ったので、やっと視聴者や読者の方との約束を果たせたことになる。その点をご報告したかった。

▼慰安婦問題関連のニュース解説・平成19年(2007)3月9日放送(チャンネル桜)


また、慰安婦問題に関して情報戦がどのように展開したのか、昨年雑誌に発表した評論に加え、今回の「表現者」掲載の「反日プロパガンダと日本の情報発信力」も収録して、久々の評論集をなるべく早く上梓したいのでご期待下さい。

▼読売とギャラップの日米共同世論調査の五百旗頭防大校長の解説を批判・平成19年(2007)12月14日放送(チャンネル桜「報道ワイド日本クリティーク」)



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