それはまるで古代ギリシャのコロスのような響きで観客に迫ってきた。実際に合唱隊がいたわけではないが、この戯曲のクライマックスになろうとする場面で、かすかに「ローエングリン」第1幕への前奏曲が流れ始めた。
8つに分けられたバイオリンの和音が無限旋律のように奏でられ、まるで天の啓示を思わせる。 実際、この、あえかな響きは、ワグナーの台本でも天使の群れに運ばれてきた聖杯が降臨してくるイメージとされている。

「おばちゃん、俺が死んだら蛍になって戻ってくるよ」
そう言って沖縄と日本を守るために飛び立った、特攻隊の少年の言葉が現実になった。蛍を見つけて驚きの声を上げ、泣きながら蛍を追う鳥濱トメ。トメの娘も涙を隠さない。
観客席からすすり泣きの声も漏れる。前列の20代とおぼしき青年も涙をぬぐっている。
ワグナーの「ローエングリン」は白鳥の騎士だ。この戯曲の特攻隊員たちも、さしずめ倭建命(やまとたけるのみこと)を象徴する白鳥であろはず。偶然なのか、これほど美事に符号する選曲のセンスに舌を巻いた。

8月5日、靖国神社境内で上演された野外劇「俺は君のためにこそ死ににいく」は千秋楽を迎えていた。午後4時半ごろ靖国神社周辺はスコールのような豪雨に見舞われた。とても今夜の上演はないだろうと思っていたが、午後6時ごろから雨が止む。そして、7時開演。雨に見舞われたのに客席はほぼ満席だった。原作者の石原都知事も姿を見せ、最後列で上演を見守っていた。

遊就観前の広場が特設ステージになる野外劇は3回目で、これまでも素晴らしい芝居を見せてくれたが、今回が最高の出来映えだった。原作は石原慎太郎脚本の同名映画だが、何よりも今回の野外劇は、演出の野伏翔氏の脚本が良かった。
若い世代に気づいてもらうように、英霊たちの尊い犠牲によって、現在の私たちが、現在の日本があることを、噛んで含めるように、何回も言葉のディテールを変えながらリフレインされる。
しかも、それが決して押し付けがましくなく、21世紀の平成の日本を生きる世代に自然と伝わるように脚本化されていた。これは、脚本と演出力のたまものである。

特攻隊員の魂が蛍になって知覧の町に舞い戻るクライマックスのシーンで、雨がまた降り出した。そして、冒頭紹介した「ローエングリン」第1幕への前奏曲が流れると、さらに雨足は強くなり、フィナーレでまた、雨が上がったのである。
フィナーレに流れる「ローエングリン」と「海ゆかば」の繋がりが驚くほどスムーズで、観客は完全に野伏氏の術中にはまった。
また、役者たちの好演の中でも、特に鳥濱トメを演じた石村とも子が光っていた。

かつてトーマス・マンは「ローエングリーン」第1幕への前奏曲を「存在するすべての音楽のうち、最もロマンティックな恩寵にあふれた前奏曲」と書いている。ワグナーと「海ゆかば」作曲の信時潔も不思議な符号を見せてくれた。
とにかく、この公演を成功させた全ての関係者に感謝したい。

そして、驚いたのは西村眞悟議員の秘書だった佐々木俊夫氏の演技だった。上演後、携帯電話で冷やかすと「素人は私だけでみんなに迷惑をかけました」と笑っていたが、なかなかのもの。高校時代に演劇部に所属していたという話を聞いて納得した。

ところで、「8・15と靖国の真実」にも執筆してもらったTAMAGAWA BOAT氏制作の動画、「YASUKUNI」はここで見られるが、念のためにミラーを制作した。
この動画はわずか4分27秒のものだが、李纓(リ・イン)監督が制作した123分の贋ドキュメンタリー、「靖国 YASUKUNI」より遥かに多くの情報量があり、あの映画より何倍も高いクオリティーで靖国の真実を伝えている。
映像を研究する人にとっても、4分27秒の映像が123分の映像より、多くの情報量を伝える例として興味深い事例となったのではないだろうか。

▼TAMAGAWA BOAT氏制作の「YASUKUNI」


※ブログ下部に設置していた「FRANCE24」英語放送の画面は5月23日のエントリーページに設置しています。日本のテレビだけではダメだと思っている方は、クリックすると別ウインドウが開きます。下部にある画面をご覧下さい。IEの場合、音量は右クリックで調整して下さい。ファイヤーフォックスだとコントローラーがあります。